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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)970号 判決

理由

一  本件原株券は控訴人において昭和三一年一〇月二日東武鉄道株式会社から発行交付を受けてその所有権を取得したものであるところ、控訴人は昭和三四年三月八日自己の裏書がなされている本件原株券を被控訴会社代表者に交付し、被控訴会社代表者はこれを受領し、その後被控訴会社名義に名義の書替をしたこと、その後、東武鉄道株式会社において増資新株の募集があり、被控訴会社は、昭和三四年五月二〇日頃、本件原株券に対する割当新株五、〇〇〇株の払込金全額金二五万円につき控訴人の払込のもとに、東武鉄道株式会社から本件新株券の発行交付を受けたことは、いずれも、当事者間に争いがない。

二  ところで、被控訴会社は、本件株券は被控訴会社において代物弁済として控訴人からこれを取得したものである、と主張し、これに対して、控訴人は、本件原株券は被控訴会社に対して控訴人名義の裏書があるまま貸与したものにすぎない、と主張するので、まず、この点について判断する。

《証拠》を総合すれば、次の各事実が認められる。すなわち、(1)被控訴会社は各種織物の製造、販売等を目的とする株式会社であり、又、明星は繊維原料及び製品の仕入販売並びに繊維原料及び製品の委託販売等を目的とする株式会社(控訴人は同会社の代表取締役である)であること、(2)被控訴会社は、昭和三〇年頃から、問屋である明星に対して自社製品の毛織物の販売を委託し、明星はこれを自己の名をもつて大里や五城に販売していたが、被控訴会社は、昭和三四年三月五日当時、明星に対して、大里に納入された分の毛織物についてだけでも、金八九四万二、八二七円の売掛代金債権を有していたこと、(3)しかるところ、大里は、昭和三四年初頃、取引先に倒産が続いて資金繰りに窮するようになり、一、二か月の間は仕入先から資金面の援助を得て急場を凌いだものの、それも見通しがつかなくなつたため、経営不振に陥り、同年三月六日には、遂に大里の債権者らが集り、いわゆる債権者会議を開いて大里の再建方について協議をするに至り、被控訴会社代表者は、控訴人からその旨の連絡を受け、控訴人の要望もあつてこれと同道して即日右協議に参加したこと、(4)しかして、被控訴会社・明星間における前掲(2)の大里納入分毛織物取引(以下、本件取引という。)の代金の決済方法については、明星において、大里の振出又は裏書による、受取人又は被裏書人が白地もしくは被控訴会社あての約束手形を大里から受取り、右約束手形を被控訴会社に交付する、という方法を主としていたため、被控訴会社代表者としては、万一、大里が倒産するようなことにでもなれば、右のようにして明星から代金の支払方法として交付を受けた約束手形のうち、すでに他に回してあるものについては被控訴会社自身の資金で買戻す必要が生ずるし、又、手持のものについても他に割引ができなくなるところから、前記時点ではまだ大里の倒産は確定的であるとまではいえなかつたものの(大里は、その後、同年七月に倒産した。)、大里の経営不振の報を聞くに及んで、前認定のとおり当時明星の大里分の未払額が相当多額に上つていたこともあつて、ひいては、今後における被控訴会社の経営面でも損害が生ずることは必至であるとして、すくなからぬ不安を感ずるに至つたこと、(5)元来、本件取引は、当時、明星の代表取締役であつた控訴人からの強い要望によつて開始されたものであり、又、被控訴会社は、前掲(3)のような事情で大里の債権者らが鳩首協議をせざるを得なくなつた昭和三四年三月六日の直前頃に、控訴人から、品物の売行が良好であるとして、大里への出荷を懇請され、やむなく、これに応じてかなり無理をして毛織物約七〇反を大里に出荷したのであるが、被控訴会社代表者は、前叙協議のため同年三月六日控訴人と同道して大里方に赴いた際、右毛織物約七〇反がそのまま在庫品として売残つているのを発見し、あまつさえ、大里の専務取締役である小泉大壱から、むしろ、大里としては、当時経営内容があまりよくないから、出荷を差控えてくれるようにと控訴人に申入をしていた旨を聞及んで、控訴人に欺されたとしていたく憤激し、控訴人を詰問したうえ、控訴人に対し、前叙のような被控訴会社の今後予想される損害について責任をとつてくれるよう、強い申入をしたところ、控訴人は、申訳ないので、何とかする、と返事をしたこと、(6)そして、控訴人と被控訴会社代表者とは翌三月七日大里方からそれぞれ帰宅したが、その翌日である同年三月八日に、控訴人は、本件原株券を被控訴会社方に持参し、被控訴会社代表者に対し、「今度のことについては、全く申訳なく思い、責任を感じている。ついては、お詫びのしるしに、自分個人の所有のものだが、東武の株一万株、裏判を押して来たから、すくないけれども、ぜひ、自由に使用してもらいたい。」といつて、控訴人の裏書がなされている本件原株券を交付し、もつて、明星に代つて控訴人個人の所有にかかる本件原株券を明星の被控訴会社に対する前掲(2)の代金債務の一部についての代物弁済としてあててくれるようにと被控訴会社に提供し、被控訴会社代表者は本件原株券の名義を被控訴会社の名義に書替えることについての控訴人の承諾を得たうえで控訴人から右の趣旨で本件原株券を受領したこと、(7)控訴人が右のとおり本件原株券を被控訴会社方に持参したのは控訴人の自発的な意思に基くものであつて、被控訴会社代表者としてはそれまで控訴人が本件原株券を所有していることを知らなかつたので、事前に控訴人に対してこれが貸与、交付方を求めたようなことはなく、又、本件原株券の右交付については、控訴人と被控訴会社代表者との間で、特にこれを貸与する等、右交付の理由を証する書面の授受がなされた事実はないこと、(8)その後、被控訴会社は昭和三四年三月二四日本件原株券の名義を被控訴会社の名義に書替え、前叙増資新株の割当通知も名義人である被控訴会社宛になされたが、その払込金二五万円については、控訴人の申出により、同年五月二〇日頃、控訴人において右金員全額の払込をしたうえ、被控訴会社において東武鉄道株式会社から本件新株券の発行交付を受けたこと、(9)その際、控訴人においては本件原株券の名義がすでに被控訴会社に書替えられていることを知つていたにもかかわらず、これをめぐつて控訴人と被控訴会社との間に格別の紛争も起らず、他方、前掲(2)に認定したような被控訴会社と明星との間における五城に対する出荷による取引も同年八月一二日まで円満無事に継続されていたこと、(10)しかして、被控訴会社は、本件原株券については昭和三四年四月一日に一株の時価金一五〇円の割合による金額金一五〇万円、本件新株券については同年五月二〇日に同払込金額金二五万円、右合計金一七五万円をもつて、明星の被控訴会社に対する前掲(2)の代金債務につき、明星に代つて控訴人から内入代物弁済があつたものとして処理したこと、(11)被控訴会社は、同年中に、明星に対し、前掲(2)の明星に対する毛織物代金債権の内金四四二万二、六九三円についての支払請求訴訟を前橋地方裁判所太田支部に提起(同裁判所昭和三四年(ワ)第五三号売却代金残請求事件)したが、右訴訟における請求金額については、右代金債権からその後弁済のあつたものを控除したほか、さらに、本件原株券及び新株券につき、被控訴会社において代物弁済を受けた前認定の金一七五万円をも控除したものであること(ちなみに、右訴訟については、その後、昭和三九年一二月一〇日被控訴会社勝訴の判決の言渡があり、これに対して、明星は、順次、控訴・上告の申立をしたが、いずれも棄却された。)、(12)なお、控訴人は、その後、被控訴会社代表者において本件原株券及び新株券を横領したものであるとして、被控訴会社代表者を告訴したが、前橋地方検察庁太田支部は「犯罪の嫌疑なし。」として被控訴会社代表者を不起訴処分にし、控訴人は、これを不服として、さらに、検察審査会に対して右不起訴処分の当否の審査の申立をしたが、検察審査会は「右不起訴処分は相当である。」との議決をしたこと、以上の各事実が認められ、《証拠》中右認定に反する部分は前顕各証拠に比照して措信することができない。

右認定の各事実を総合して考察するときは、被控訴会社は、前認定の事情のもとに、被控訴会社の明星に対する前認定の代金債権の内金一七五万円として、明星に代つて控訴人から本件原株券及び新株券をもつて代物弁済を受けてその所有権を取得したものである、と認定するのが相当である。

控訴人は、本件原株券は控訴人においてこれを被控訴会社に貸与したものにすぎないし、又、本件新株券についても被控訴会社はこれを控訴人に引渡すことを確約したものである、と主張し、《証拠》中には、控訴人の右主張にそうような部分もあるが、いずれも、前顕各証拠に比照して、にわかに措信することができないし、《証拠》中この点に関する部分は、いずれも、本件代物弁済の前叙認定を動かすに足らず、他に右認定を覆すに足る的確な証拠はない。

次に、《証拠》によれば、昭和三四年四月一一日被控訴会社において明星からいわゆる「大里商店負担金(見舞金)」として金一〇万円の金員を受領していることが認められる(もつとも、金一〇万円の金員受領の事実自体については、当事者間に争いがない。)が、《証拠》によれば、被控訴会社としては、勿論、右金一〇万円のいわゆる見舞金の受領によつて、それ以上明星に対して請求をしないという趣旨ではなく、結局、これを被控訴会社の明星に対する前認定の売掛代金債権の一部に充当したまでのことであることが認められるから、被控訴会社における右金員受領の点は、本件代物弁済の前叙認定の妨げとならない。

又、《証拠》によれば、被控訴会社においては、昭和三四年三月三一日の第九回決算で本件原株券の処理について何らふれておらず、昭和三五年三月三一日の第一〇回決算では本件原株券及び新株券を未決勘定としていることが認められるけれども、《証拠》を総合すれば、被控訴会社は、前認定のとおり、昭和三四年三月八日本件原株券を代物弁済で取得したのであるが、同年三月末日の決算期を間近かにひかえて、税務対策上、その帳簿上の処理を同年四月一日以降の翌年度回しにしていたところ、翌年度の決算期前に本件の如き訴訟問題が惹起したため、昭和三四年三月三一日第九回、昭和三五年三月三一日第一〇回の各決算において、それぞれ、前叙のような方法をとつたもので、結局はいずれも税務対策としてなされたものであることが認められるから、必ずしも、本件代物弁済の前叙認定の妨げとはならない。

三  してみれば、控訴人の本件原株券及び新株券の所有権が自己に帰属するものであることを前提とする、その返還及びそれに伴う代償請求、原判決添付目録(二)記載の各株券の返還及びそれに伴う代償請求並びに不当利得の返還を求める本訴請求は、すべてその前提を欠くことに帰するから、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当として棄却を免れない

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

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